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「拙者は食えん! サムライ洋食事始」

拙者は食えん!―サムライ洋食事始
熊田 忠雄
新潮社
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 明治維新の前後、ポーハタン号&咸臨丸に始まる欧米への使節や留学生が、初めての西洋食といかにつきあったかを、本人たちの日記から探った本だ。

 ポーハタン号では日本食の材料を積み込み、特に味噌と沢庵のにおいがアメリカ人乗組員に不評だったとか。第一回遣欧使節団も、反対を押し切って味噌を積み込んだあげく、結局シンガポールと香港の間で腐って海に捨てたとか。

 極端な例は、「スフィンクスと侍」の写真でおなじみの遣仏使節団に下働きとして参加した青木梅蔵の、本書の帯にも引用されている以下の言葉だろう。

パンは気味悪く牛はさらなり。二日三日食事は一切いたさず、空腹堪えがたし。

 この遣仏使節団では、航海が始まってフランス側から食事が出ると、突き返していたとか。

 とはいえ、その記録を残した岩松太郎は、後にフランスの食事に慣れすぎて「イギリスの食事は不味い」とまで書き残している。本書に日記が紹介される多くの人たちでも、ほとんどの人がそれなりに西洋食に慣れているようだ。あと多くの人が共通して果物を旨いといっているのも、まあわかりやすい。

 そのほか、工夫して異国で刺身を作って食べたりといった細かい工夫の様子などが日記から紹介されている。そういった工夫や、慣れていく過程などのディテールが本書ではいちばん面白かった。

 異色なのがロシアで、使節にはかなり日本食っぽいメニューが出されている。その話の直後に、この時期の日露関係でよく話に出てくるウラジミール・ヤマトフこと増田甲斎(橘耕斎)の名前が出て、なるほど。

 ちなみに、日常の食事とは異なり、ペリーが条約の調印前日に開いた接待パーティーでは、招かれた日本の幕府関係者も珍しがって大いに飲み食いしたとか。で、珍しがってワインを飲みすぎて酔っ払い、ペリーに抱き付くという、古今東西続く酔っ払いのやらかしをやっちゃった人もいたとか。まあペリーも条約締結に大望を抱いていたので、「条約締結のためならキスぐらいさせてもよかった」と冗談を言ったそうだけど。

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